あかりのまわり

不安から回復するブログ

生きづらさを感じたらまずやること。それはまず、自分に気づくこと。

前記事を書いてから、自分の中でブログに対する意識変革(?)が起こって、1人で少しアタフタしていました。

それから、

まず皆さんに知らせておかなければいけないことがあったことに気づきました。

 

当ブログでいう不安障害とは私が経験した病気たちを指し、それは

パニック障害、社交不安障害による嘔吐恐怖症、対人恐怖症、会食恐怖症であるということです。

 

当たり前ですが、人は自分が経験したことしか本当のところを知れないし理解できないので、不安障害を経験したからといっても私は強迫性障害の方の苦しみを全く知らないし、知らないことに対して無責任なことは書けないので、そこの所しっかり説明していかなくてはと思いました。

 

いま、

これを読んでいる人がこれらのうちどれか、あるいはいくつかに悩まれているとしたら、私に書けることは何だろうと真剣に考えているところで

(これまでにも考えてはいたのですが、そもそもどう考えていいか分からなくて迷子になっていました)

これまでの自分を振り返りながら、回復に向けて自分がやってきたことを、少しずつ分かる範囲で書きはじめるしかないなと思っている所なのですが

その前に、そもそも書いておかないといけないこと

それはつまり

不安障害になってしまった、じゃあどうしよう?

よりも先に

そもそもどうやったら不安障害を防げただろうか、

どういうことを知っていれば不安障害を拗らせずに済んだだろうか

ということから、先に書いていった方がいいような気がするので

今日はちょっとそれについて書いてみます。

 

 

生きづらさについて

 

生きづらさというワード、ここ数年でとてもよく見聞きするようになりました。

それと同時にマイノリティ、というワードも見聞きするようになって、

前より個々人を尊重される時代ではあるのだろうと思いますが

それを実感している人って実際どのくらいいるんでしょうかね。

 

生きづらさを発達障害に求める?

 

そして近年は、「大人の発達障害」について情報が広まり、社会に出て生きづらさを感じる理由にこれを挙げる人も増えてきたように感じます。

 

ここで
自分が発達障害であるということを、否応なく受け入れねばならない状況にある方や、発達障害という概念を 生きていくために建設的に利用されている方に、なにか言いたいことがあるわけではありません。
私は言いたいのは、
自分が自分らしく生きれない理由を発達障害に求めている人が多くいるのではないか?ということです。

 

実は、私もそのうちの一人でした。

発達障害のチェックリストを試したことがあって、それで結局該当しなかったんですが、

自分は発達障害か?そうでないか?を気にするようになったのをきっかけにして、「障害」について考える人たちの色々な発言に触れるなか、徐々に気づいていったことは

心の働きについて

こうだから障害者、こうだから健常者

と決められるほど万能な基準など、一体どこにあるのだろう

もちろん、ある限定的な視点から見ればその判断は簡単かもしれないけれど、この地球上には77億もの人間がいるのに、その全員に対応できる基準など有り得ないだろう、ということでした。

 

 77億人中66億人くらいはグレーゾーンの人間だと思う

 

 (↑まあもちろん数字は当てずっぽうですが)

10代から体調を崩したおかげで、お決まりの「人生のレール」を歩んで生きる同世代が持つものとはすこし違った視点を持てたので、

世界は0か100かで作られているのではなく、むしろグレーゾーンの要素が世界の大概であるということ(それはつまり、みんな障害者であり、障害者ではないということ)に気づくのに大して時間はかかりませんでしたが

私が、あなたが、感じるこの生きづらさだって、視点を変えれば、環境を変えれば、まったく無問題になるということにも気づくのには、なぜか大変な時間がかかりました。

 

自分に「気づけていない」という事実

 

 

なぜ時間がかかったか?

自分の生きづらさをどうにかしようと正面切って立ち向かって努力とする、というのは

まず、自分に気づくことをして

その次に

自分を知るための知識をつけないと

出来ないことだからだと思います。

 

生きづらさは漠然と感じているけど、何をどうすれば改善するか分からない。

ネットで簡単に出来る発達障害診断をしてみるけどピンと来ない。

こんな自分をなんとかしたいけど、何とかなるとは思えない…

そんな状態に陥ってしまうのは、

自分という人間に気づけていないからかもしれません。

どういうことかというと、たとえば

「〇〇さんにあんなこと言われて傷ついた」

というときに、まず傷ついている自分に気づいているか?ということです。

つまり

傷ついたのはつらいけど、もうそれはどうにもならないもの。なぜなら

自分の感情や考えは全て外の世界によってコントロールされる(ここでは「〇〇さん」がコントロールの主)ものであるから。

と、信じ切ってしまっているのではないか?ということです。

事実、そんなことは一切なく、自分の感情や考えはすべて自分のもので、コントロール可能なので

傷ついた自分に気づけたら、一刻も早く自分を癒そうとできるし、〇〇さんとの関係をもっと良いものに変えられないかと考えられるし、決して「傷つきっぱなし」の状態にはならないはずなんですよね。

 

でも、今までずっと自分軸を持たずに・自分の中に自分なりの基準を作ってこなかった私にとって、この事実に気づいて実感に至るまでにはそれなりの時間と経験が必要だったのです。

同じような人、結構いるんじゃないかなぁ

 

 

身体がSOSを出すのは自分に気づいていないから

 

自分が今何を感じて、何を考えているのかを把握(=自分に気づくこと)できていたなら、

おそらく突然の身体からのSOS(私の場合は吐き気でした)なんてものは出現しないでしょう。

心身症って言えばいいのかな。

考えて・感じていることと実際にやっていることがあまりにも違うと人間はバランスを崩すので

身体が必死にそのバランスを取り戻そうとしてくれるんですよね。

私たちは、考えるのは頭だけと思いがちですが身体も考えているのです。

いや、

考えているというより、身体というのはとっくに「知っている」んですよね。

 

と、いうことで 今日のまとめ

 

生きづらさを感じたならば まずやること

その1、生きづらさを感じている自分に気づく。

その2、生きづらさをもたらしているのは「外の世界」ではなく「生きづらいと感じている自分」であることに気づく。

その3、自分の考えや感情はコントロールできるものだと知る。(はじめは難しくても、徐々にそう思えるようになります)

その4、人の考えは人の考え。自分の考えとごちゃ混ぜにしないで、自分で考えることを始める。

 

人によっては、「なんだそんな、今さら」というようなことかもしれませんが

いやはや

これが案外、できていない人多いと思うんだよなあ。

ってのが私の考えです。

 

おわりたいけどおわれない

 

この話、まだ続きます。

平日の隙間時間でブログ書くのって全然まだ慣れていないので

今日はここで力尽きました。

ほんとは、パニック障害の話もまだ途中だから書き終えなきゃなと思っているんですが

まぁ…そんなに自分を急かさないで、ぼちぼちいこうと思います。

応援してください。(笑)

 

 

それでは、また。