あかりのまわり

回復するブログ


呼吸の練習

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↑自分詩集(?)1ページ目

 

短歌をよもうとするとき頭の中全部、空気中に漂う言葉全部をよく見て聞いてみているが、なんだろう。作ればそれには、作ろうと思って組み立てた言葉の偽物感があってぎこちない。つまりまだ、歌のよみ方を知らないようだ。

私はまた学ぶだろう。勉強するだろう。

 

 

インプットの時期に私は文章が書けなくなる。今まさに、このブログを書いているのも殆ど無理矢理だ。無理矢理でも書いているのは、いっぱいいっぱいになってしまわぬように気をつけているからである。

 

インプット=息を吸う

アウトプット=息を吐く

 

とするなら、私はよく息を吸う。

知らぬうちに吸って吸って苦しくなって体調不良に陥ってそこではじめて「息吐いてなかった!」と気づく

ということをもう何年も繰り返してきて、今やっと吐き出すことを覚えようとしている所なのだ。

 

紙に自分の気持ちを全部書くと楽になる。書きまくって体調を整えることを自分の中でライトアウトと呼んでいるが、今年に入って作ったライトアウト用のノートは今、半分を過ぎた所だ。それでもまだライトアウトは習慣になっていない。呼吸が下手なのだ。これから上手くなろうと思う。

 

 

不安障害の症状にある吐き気、そして呑気症はまさに何かを吸ったり飲んだりして起きるものだ。何か、とは恐らく空気、気持ち、言葉、といった所だろう。

また、感じやすい心を持つ人はきっと、人のモノや自分に関係ない些細な刺激さえまるごと全部無意識に飲み込んでしまうことがある。

不安障害で苦しむ我らは吐き出すことを覚えねばなるまい。

吐き出すこととは?それは行動だと私は思う。

気持ちを出して言葉を発し空気を変えること。自分と関係のないものはハナから吸わないよう境界線を引き壁を作ること。

行動せよ、私。行動せよ。

 

 

 

追記

健康のための「呼吸法」を私はあまり信じない。というか、ああいう呼吸をして健康になるのは土台が整っている人だけだと思う。何秒吐いて何秒吸うだの、下手な呼吸が更に拗れる。