あかりのまわり

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自分を知る方法④ 自分らしさ 前編

さてさて

「自分を知る方法」の時間です

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↑これ書きながら思ったんだけど「自分のことが分からない」なんて改めて言う人は、仮にそうだとしても別に大丈夫ってこと。そういう人ってある程度自分との時間を過ごしてるはずなんだもん。

 

本当に自分を知る必要がある人というのは、自分のことをあまりにも考えてない、他人のことを優先し過ぎる人だと思う。人の悪口を言ったり批判ばかりする人。荒らし、disりがやめられないというのはイコール自分が無い。そういう人の人生には他人しかいないからだ。

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今日は↑の記事の続き。

 

 

幸せな人生のことを考えるなら、人と自分を完璧に分けることから始める。不幸せってどこから来るんだろうって考えれば絶対そこには人との比較がある。人と比較しなくても自分はもう既に、立派に、この世に存在している。何度も言うようだが、そのことを分かるには、自分のことを知る必要があるのだ。

自分の人生に、常に他人の存在がある人は危ない。そりゃ人生、一人では生きていけないものだけど、人生って他でもない自分のためにあるのだから。

 

 

 

自分らしさをどこで見つけるか

 

自分の得意分野と苦手分野をどうにかする

分類方法を知って、間違ってもそこで自分を知ることをやめてはいけない。それでは「自分を型に嵌める」という行為をしただけだ。自分を型に嵌める、それはすなわち他人のことも型に嵌めてしか見れなくなるということ。それではより視野を狭くしてしまったも同じだ。

しないといけないのはむしろ、その型から抜け出そうとすることだ。

分類で示されることというのは、「今のあなたにはこういう面があって、こういう面がないですよ」ということ。

今自分が持ってる面をどのように活かすことができるのか。自分が持ってない面はどのようにして発達・成長させることができるのか。それらを試行錯誤する間(型から抜け出す過程)に、自分らしさというものが生まれる。と私は考える。

 

MBTIを例に書いてみよう。

私はINFPタイプ。このタイプって論理的に因果関係や仕組みについて説明したりするのが大のニガテなんだ。めちゃくちゃニガテ。だからプレゼンとか本当マジ無理。日々のブログも結構無理。(笑)

でもそんなことも言ってられない。人に論理的に説明しないといけない場面なんて腐るほどある。文章書いたりするのは好きだし得意な方なんだけど…どうやって練習しよう?よし、、ブログで練習してみよう←ココ!!!!!私の自分らしさココ!!!!!

ブログで目次とかって見出し作るのめっちゃ苦手やな。見出し作らんでもどうにか分かりやすく書けんかな←ココ!!!!!!!

 

何となくでも私の言いたいこと伝わるといいなって思ってます。

てか、わざわざ例書かなくってもこんな場面は日々の生活に散りばめられてるよね。。

 

 

 

人から教えてもらう

自分らしさって人から教えてもらうものでもあると思う。対人恐怖とかいって人を避けていたらますます自分が分からなくなるし嫌いになる。まずは人と関われるようになろう。

大学一年生のときにカウンセラーの人から「あなたにはあなたのこんな世界があるじゃない!!ほら!!!」と何度でも教えてもらったこと、今でも大事に覚えている。自分の世界なんて、マジで何度でも言われないと理解できなかった。は、そんなのあるの?みたいな。あるんだよね。

 

ところで。

自分とは何か?を考える上で非常に参考になった本がある。

 

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

 

 

この本で平野氏は、「対人関係ごとに見せる複数の顔(=分人という概念)が、本当の自分」といっている。

Aちゃんに対する私も本当の自分、Bくんに対する私も本当の自分、っていう。

これはつまり、環境や対人関係がどんなに変化しても全くブレない、ただ一つだけの顔を持つ自分なんていないということだ。

唯一の自分なんて幻で、みんなそれぞれ接する人やモノごとに分人を持っている。(1人で過ごす時間も、誰かと別れたあとだったらその誰かとの分人のまま、あるいは読書しているならその本や著者に対する自分の分人、音楽を聴いているならそのアーティストに対する自分の分人を生きている。らしい。)

♪あなたといる時の私が一番すき

というのはドリカムの「決戦は金曜日」の中のフレーズだが、これもまさしく分人のことを言っている。この人といる時の自分が好き。そういう分人をいくつも作ることが自分を好きになる方法だとも平野氏はいう。

分人ごとに人から持たれる印象は違うはずだが、その一つ一つの違いは全部、自分らしさだと思う。だとすれば関わる人・モノを増やすことはつまり、自分らしさを増やすということになるのではないだろうか。

「あなたってこういう人だよね」と言われたり、「私ってどんな人?」と人に聞いてみたりする間で、自分らしさというのが見えてくるのではないだろうか。

 

 …

話が長くなってしまったのでここで切り上げる。次回で書き終わるはず。

最後まで生温かい目で見守って頂けると幸いです。。

それでは、また。