あかりのまわり

回復するブログ


自分を知る方法 -プロローグ-

毎日手帳を開いて日記をつける習慣がついたのは2015年のことだった。

自分の変化と成長を感じられて面白いので

なんとなく思い立った時に過去の手帳を開いて読み返すことがある。

おとといの夜、2015年の手帳を手に取った。

 

 

2015年といえば

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この記事にも書いたように人生の分岐点というか、重要な年であった。

先日久々に、手帳のページの最後の方まで目を通していたら

何やらたくさん文章が書かれているのを発見した。

発見って、自分が書いたやつだけど。

 

見ると、サポステに通っていた時のメモだと分かった。

(サポステ…名前は違えどみんなの町にもあるはず。ハローワークと併設されてる、若者の就労を手助けしてくれるところ)

 

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めっちゃ汚い。

これでも書道の師範資格を持っています(圧倒的説得力のなさ)

 

このメモはおそらく、

「器質の円と経験の円が重なるところが自分」

と言いたいのだと思う。

まだまだ自分のことを知らなかった私は、これをメモしながらなにか漠然と

自分のことを知る必要がある と考え始めていた。

そもそもこのメモは

「自分のことをもっと知って自分自身が自分の主治医になる」という文章から始まっている。

 

自分のことが分からない。

というのは

誰しもが思うコトだろうし

人の悩み事を聴いていても、よく出てくるワードかもしれない。

私は自分について知る必要があるということに体調を崩してやっと気づけたわけだが、

自分のことが分かれば、もっと人間関係も、人生も、よくなるに違いないと

何はなくともみんなどこかでそう思っているんじゃないだろうか。

だから「自分探し」とかいって旅に出たり、留学したり、色々経験したがる。

あと、サカナクションの「アイデンティティ」が刺さる。(独断)

でも私は、この四年間(といわず幼いころから)一歩もこの町を出ていないけれど

いや、出れなかったんだけど、ずいぶん自分を知れたなあと思う。

メモを見て思い出した、

自分を知りたくてあれもこれもやったこと。

 

さて

この続きは、また次回の記事で書こうと思う。

それではまた。

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